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最高裁判所第一小法廷 昭和31年(あ)463号 判決 1957年12月26日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人小中公毅の上告趣意第一点は、事実誤認の主張であり、同第二点は、違憲をいう点もあるが、その実質はすべて量刑不当の主張に帰し、また、弁護人海野普吉、同内田博の上告趣意第一点は、事実誤認の主張であり、同第二点は、量刑不当の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

しかし、職権をもって調査すると、原判決は、第一審判決挙示の証拠によって、被告人が昭和二五年五月上旬頃判示電気通信研究所において同研究所会計課長横山末広から米ドル九八三ドル位を受け取り所有しながら所定期間内に外国為替銀行等に売却せず、また、大蔵大臣の許可なく同年六月一四日米国に向け飛行機でこれを携帯輸出した旨の公訴事実を認容したことは、所論のとおりである。しかるに、原審証人今井倉吉の証言(記録一一四一丁以下)、第一審における証人鈴木教吾の証言(記録六八六丁以下)、同大工原亮の証言(記録六一二丁以下)、同吉田四郎の証言(記録六二〇丁以下)、原審証人芳賀功の証言(記録一一六二丁以下)証二七号ないし三一号、証三五号ないし三七号、原審第四回公判における被告人の供述(記録一一七三丁以下)を総合すれば、右公訴事実とは異って却って次の事実を認定することができるようにも思われる。すなわち、被告人は、昭和二五年二月二八日頃連合国軍事司令部民間通信局勤務のポーキングホンより近く被告人を渡米させる旨の内意を聞き、その後電気通信に関する米国の著名研究所の管理状況の研究のためガリオア資金から旅費、滞在費の支給を受け滞米日数四五日、出発五月一五日等の予定で渡米することに決し(実際は同年六月一四日米国に向け飛行機で出発)同年三月九月電気通信研究所の部長会議の席上これを報告し、次で渡米の際に同研究所に要する専門書籍を購入する費用に充てるため正規の手続によって支給金額の外二、三百ドルを調達しようと思い同年五月六日親戚に当る郡是産業株式会社社長鈴木教吾を訪ずれ優先外貨の手持中より参考書を買うため約二百ドル譲受方を依頼し、同社長は同社外国課長大工原亮をして通産省に交渉せしめたがこれが許可を得られなかったので、被告人の依頼を受けて同会社に赴いた電気通信研究所会計課長横山末広にその旨伝言し、被告人は横山よりその旨聞知したので(横山が同会社に赴き大工原より断わられた事実は横山の認めるところである。証人横山の昭和二九年六月五日の第一審公判における供述、記録三九四丁裏以下参照)、同年五月一三日夜福島県下の実兄吉田四郎に電話を掛け前記書籍購入費として邦貨十万円ないし十五万円程度の米貨を融通せられたき旨をロスアンゼルス在住の親戚芳賀功に依頼し呉れたき旨電話し、四郎は翌一四日附手紙で芳賀功にその旨依頼し、同月末同人より承諾の旨の返事を受けてその頃その旨被告人にこれを通じたので、被告人は米ドルを調達する必要を感じなくなり、従って、被告人は横山末広に対し米ドルの調達方を依頼したことはない事実を認定できるように思われる。そして、右事実その他一件記録によれば、原判決が証拠とした昭和二六年一〇月三一日附上申書(記録七二三丁以下)は、被告人が弁護士向江菊松(通商璋悦)の依頼に基き軽々しく虚偽の記載をしたものであり、同横山末広の昭和二七年一二月一一日の公判における供述(記録四〇丁以下)、同人の検事に対する供述調書謄本五通(ことに昭和二六年一一月一五日附のもの記録二三三丁以下、同年一二月七日附のもの記録二四一丁以下)竝びに証人富尾木美代の第一審における証言二回は、全く措信できないとの論旨を一概に排斥できないように思われる。

もし、原判決の判示のように被告人が昭和二五年五月上旬頃横山末広から米ドル九八三ドル位を受け取り所有していたものとすれば、前記のように(イ)同年五月六日頃専門書籍の購入費として正式ルートに依り二、三百ドルを調達するため親戚に当る郡是産業株式会社社長鈴木教吾に依頼する必要はなかったはずであり、(ロ)また郡是産業の方の金策が通産省の許可を得られなかった後においても、同年五月一三日実兄吉田四郎を通じて邦貨十万円ないし十五万円程度の米貨の融通方をロスアンゼルス在住の親戚芳賀功に依頼する必要はなかったはずである。しかるに、これらの依頼に努力したことが事実とすれば、五月上旬頃横山末広から米ドル九八三ドル位を受け取ったという事実は認めることができないように思われる。さらに、在米の親戚芳賀功から邦貨十万円ないし十五万円に相当する米ドルの金融の承諾を得たこと、参考書籍の購入費としては多額の金を必要とするものではなく、精々二、三百ドルの獲得を目的としていたこと、および被告人は渡米中それ以上さらに九八三弗というような大金を費消した事実は認められていず、かつこれを認むべき事情のないことから判断すれば、原判示のように横山末広から米ドル九八三ドル位という大金を受け取った事実は、認めることができないように思われる。

果たして然らば、被告人が昭和二五年五月上旬頃横山末広から米ドル九八三ドル位を受取り所有しながら所定の売却をなさず且つ翌月一四日不法に輸出した旨の原判決の事実認定は、重大な誤認あることを疑うに足る顕著な事由があって、刑訴四一一条三号に則りこれを破棄しなければ著しく正義に反するものといわざるを得ない。

しかし一方原判決認定の有罪部分は一審判決の認定事実を実質的に容認したものであって、一審裁判所は前記横山末広、富尾木美代を証人として尋問して事実を認定したものであるから、事実の取調をしていない当審において積極的にこれと反する事実を認定するのは適当とはいい難く、加うるに一件記録によれば被告人が昭和二五年六月一〇日頃判示研究所長室において前記横山から米ドル約二百弗入の封筒を受け取った事実は認められるところ、検察官が右の点を訴因に含ましめるのか否か釈明する必要もあり、仮に右事実が本件訴因に含まれるものとしても、被告人はこれが正規の手続を経た米弗と信じていたと弁疎しており、右弁疎は一審証人月村福一の証言(記録八三八丁)によって一応認められるようではあるが、右の点について検察官にこれに反する立証の機会が与えられたとは遽に断定できないので、本件は刑訴四一三条本文に従い原審に差し戻すべきものとし主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 真野毅 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫)

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